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2008年4月30日

2008年4月30日 (水)

表現力

 形競技と古伝形の違いは大きい

 形競技にはフィギアスケート・新体操・シンクロナイドスイミングなどと同じように「表現力」が必要とされる。

 このことに対し賛否両論ありますが、現場の人間として長くこのことについて泣かされたり葛藤してきました。

 葛藤・・・その理由とは、古伝の形を演武したときに、無駄な装飾がなされていないこの種の形の場合、全空連のような様々な流派が集う大会等で、審判員も各流派の特徴を理解して採点していただくのは難しい。そういった場合、手・足の細かな位置よりも(当然演武線は重要)「技の緩急」や「重心の安定(これも見た目腰が低いなど)」に採点の比重が置かれ、内部で施されている細やかな身体操作は見落とされてしまうんです。

 実際、本来の形そものが何なのか?ということが本当のところ体現は難しいが、それを競技選手に求めていると競技試合では勝てないのが実状である。

 それを声を大にしていうと、その道の大御所に「競技は空手にとって百害あって一利なし」とバッサリ斬られるのが落ちなのですが、空手がこれだけ世界に広まった要因が武道という精神性を持った中に競技性がもてたという現実をもう少し理解いただけると良いのにな~なんて思っています。

 まっ、小生も当初から何とか本来の形を崩さず(アレンジしないという意)とやってきてはいるのですが、その思いと裏腹に全中・高体連などのように、特に競技に特化した中では確実に古来の形からかけ離れた「競技形」が主流そして評価されている現状でありますので、年代そして試合に応じて対応していかなければいけないと割り切って指導しております。

 ただ、本筋は外しません。形は相手を制圧する技術の集大成でもあります。常に相手と相対しているということを忘れず演武しなければなりません。でないと本当にただの踊りやダンスになってしまいますから。

 その「表現力」とは何ぞや・・・これが課題です。

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